【FILM REVIEW】『悪は存在しない』バランスを失った世界を生きる私たち

『悪は存在しない』

バランスを失った世界を生きる私たち

作品情報

『悪は存在しない』(日本/2023年/106分)

監督:濱口竜介
脚本:濱口竜介
出演:大美賀均、西川玲、小坂竜士、渋谷采郁
配給:Incline

4

あらすじ

自然豊かな小さな田舎町で暮らす巧と娘の花。澄んだ水が流れるこの町に、グランピング施設の建設計画が浮上する。コロナの補助金目当てで芸能事務所が仕掛けるサイドビジネスは住民の生活をないがしろにするものだった。地区長の勧めを受け、芸能事務所の社員、高橋と黛は地元に詳しい巧に協力を仰ぐ。高橋と黛は巧と共に時間を過ごす中で、ある事件が起きる―。

おすすめポイント

万人にとっての正解はあるのか?

「鹿が人を襲うことはありますか?」という黛の問いに、「自然の鹿は襲わない。手負いの鹿か、その親であればわからない。」と返す巧。鹿との共存を匂わせる会話の流れで交わされた何気ないやりとりが、その後の展開の受け取り方に大きな影響を与える。

観光資源が増えることで町の経済が潤う、町が大切にしている水が汚される、どちらも各々の立場の正解が語られている。しかし、それまで語られることのなかった、施設が建てられて住む場所を追われる鹿たちにとっての正解は何なのか。

いったいどこまで突き詰めて考えれば全ての立場での正解に辿り着けるのかわからず、段々考えることに疲れてしまって、どこかがないがしろになってしまう。自分の生活や仕事の中で、そういったことはよくあるのではないだろうか。芸能事務所社員の高橋は、もはや、正解に近づこうとしないくらい擦り減ってしまっているし、事務所の社長やグランピング運営コンサルはビジネス上の正解だけを信じている。

あちらを立てればこちらが立たぬ状態。だが、そもそも誰かの正解は誰かの不正解だ。だから、巧が語る「バランス」が重要になってくる。

ラストの解釈

人と人との間は対話を通して、バランスを模索出来るが、人と自然の間でバランスをとることは難しい。この映画のラストは、それまで劇中で語られてきた人間の都合から逸脱した自然とのバランスを考えさせるものだ。

いつもの調子で、巧は花を迎えに行くことを忘れてしまう。花も慣れているので、1人で帰るのだが、日常が突然崩れることとなる。悲劇は、巧が語った通り、半矢(手負い)の鹿によるものだった。巧が高橋の首を突然締め落としたり、幻想的な霧が立ち込めるなど、現実とのラインは曖昧だ。しかし、この突然の出来事を見て気付くのは、場所を追われた鹿とのバランスが崩れた結果の出来事で、人間も自然の側から襲われて当然という残酷であり、全うな節理だ。

北海道に生息する野生のエゾシカ

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