【FILM REVIEW】『美と殺戮のすべて』写真家ナン・ゴールディンの真っすぐな生き様

汚れた金とアート問題

作品情報

『美と殺戮のすべて』(アメリカ/2022年/121分/原題:All the Beauty and the Bloodshed) 監督:ローラ・ポイトラス 出演:ナン・ゴールディン 3.4

あらすじ

薬物中毒が原因で50万人の死者を出した鎮痛薬オピオイド。その効果を知りながらオピオイドで莫大な利益を上げたサックラー家は、利益の一部を各国の美術館に寄付していた。自身もオピオイドに苦しめられた写真家のナン・ゴールディンは美術館でサックラー家への抗議活動を展開する。 物語はナン・ゴールディンの半生とナンも所属するオピオイドの被害者団体PAINの活動を描く。ナン・ゴールディンの家族の話や、愛と性をリアルに捉えた作風だけでもドキュメンタリーとして面白い。それだけでは止まらず、巨大企業の闇に切り込み、彼らの寄付を受けていた美術館の対応にまで話はおよび、「芸術とカネ」の問題にも焦点を当てている。

おすすめポイント

写真家ナン・ゴールディン
同性愛者の姉を自殺で亡くしたナンは、母が姉の指向を受け入れず、自殺の事実も隠したことを嫌悪していた。この経験が影響してか、ナンは人間の性をテーマとした写真を撮り始める。ドラァグクイーンのカルチャーに魅せられた彼女は「性的依存のバラード」を発表し、大きな反響を呼んだ。自身初の企画展でエイズを扱ったが、保守派の議員から政治的な内容だと抗議を受けるなど、彼女の活動には常に常識や社会との戦いがつきまとっている。
芸術とカネ問題
サックラー家への抗議活動はナンの新しい戦いだった。オピオイド危機により、アメリカの経済損失は1兆ドルにも及び、その社会的影響は計り知れない。 ナン自身が著名な写真家であるため、美術館での抗議活動は発表の場を失うリスクを伴う。また、美術館側からしてみれば、巨額の寄付を受けられなくなることで、施設の規模を縮小せざるを得なくなるリスクがある。それは作家たちの発表の場を奪うことになり、人々が文化を受容する機会を奪うことにもなりかねない。しかし、ナンはそれらのリスクを覚悟の上で、サックラー家に対して抗議活動を展開する。 この勇気ある行動は、芸術や文化の基礎は金ではなく、私たちの倫理であることを示してくれる。汚れた金で保たれる芸術ではなく、私たちが正しいと思う方法で保たれる芸術こそ、真の芸術であると、行動で示してくれる芸術家はそう多くはない。自らの行動で芸術のあり方を指し示すナン・ゴールディンの生き方そのものが一つの芸術であると言えるだろう。

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