『しん次元!クレヨンしんちゃんTHE MOVIE 超能力大決戦〜とべとべ手巻き寿司〜』イエスタデイ・ワンス・モア

イエスタデイ・ワンス・モア

作品情報

『しん次元!クレヨンしんちゃんTHE MOVIE 超能力大決戦〜とべとべ手巻き寿司〜』(日本/2023年/93分)

監督:大根仁
脚本:大根仁
出演:小林由美子、ならはしみき、森川智之、こおろぎさとみ、真柴摩利、松坂桃李、鈴木もぐら、水川かたまり、鬼頭明里

2.5

あらすじ

ノストラダムスの隣町に住むヌスットラダマスはある予言を残していた。
「20 と 23 が並ぶ年に天から二つの光が降るであろう。一つは暗黒の光、もう一つは小さな白い光…やがて暗黒の光は強大な力 を持ち、平和をごっつ乱し、世界にめっちゃ混乱を招くことになるんやでえ。」
そして 2023 年夏、宇宙から光を放つ二つの光が接近。夕飯を待ちわびるしんのすけに白い光が命中する。 体にみなぎる不思議なパワー。「お尻が…お尻がアツいゾ…」力を込めるとおもちゃがフワフワと宙に浮いた! エスパーしんのすけ誕生の瞬間である。

おすすめポイント

シリーズ初の全編3DCG作品。3DCGならではの動きとアクションは、初の試みだけあって新鮮。サンボマスターのEDテーマ「Future is Yours」は自分の存在を肯定してくれる素晴らしい応援歌になっている。

感想

実験的な試み

昨年の『クレヨンしんちゃん もののけニンジャ珍風伝』の上映後、毎年恒例の次回劇場版特報で、衝撃を受けた。なんと、劇場版初の3DCG作品になるというのだ。もはや兄弟作品として、テレ朝の看板番組となったドラえもんで、既にこの試みは為されている。2014年、劇場版ドラえもん初の3DCG作品『STAND BY MEドラえもん』が公開された。ドラえもんのビジュアルは悪くないが、のび太などの人物に関してはデフォルメされているとはいえ、少々見慣れないものだった。

『しん次元!クレヨンしんちゃんTHE MOVIE 超能力大決戦〜とべとべ手巻き寿司〜』は『STAND BY MEドラえもん』と同じ白組が制作をリードしている。9年経って、どのようなビジュアルになるのか期待と不安が入り混じっていたが、この点に関しては”悪くはない”という印象だった。しんちゃん以外のキャラクターは若干表情にバリエーションが少ないように感じたが、しんちゃんのかわいらしさは上手く出ていたように思う。

初の試みなので、製作上多くの障害が出てくることは予想出来る。なので、過度に期待はしていなかった。監督に大根仁氏が起用されたことについても特に感想はなかった。ハードルは上げていなかったが、結論からいえば、この作品は大人にも子どもにもかなり厳しい作品になっている。

過去に成功した原作漫画の映画化

本作が厳しくなった原因はなんだろうか。一つは脚色の方向性にあると思う。原作漫画の特定のエピソードを映画化する試みは何度か為されている。劇場版1作目『映画クレヨンしんちゃん アクション仮面VSハイグレ魔王』(1993)は原作6巻、その後も2作目『映画クレヨンしんちゃん ブリブリ王国の秘宝』(1994)は原作8巻、3作目の『映画クレヨンしんちゃん 雲黒斎の野望』(1995)は原作11巻で、骨組みとなる同名エピソードが掲載されている。いずれも通常回よりも長い20ページ越えのエピソードとなっている。

その後はオリジナル脚本が続き、2009年に原作の臼井義人氏が亡くなってからも、その流れは続いた。『クレヨンしんちゃん 雲黒斎の野望』(1995)から25年経った2020年、『映画クレヨンしんちゃん激突!ラクガキングダムとほぼ四人の勇者』(2020)が公開された。この作品は、原作23巻『ミラクル・マーカーしんのすけ』を映画化している。このエピソードはわずか6ページの短編であったが、冒険要素とラクガキを活かした魅力的なキャラクター達が加わったことで、中だるみすることなく、”なんじゃこりゃ”だけど感動するラストに導く、楽しい劇場版になっていた。

アニメ化されたエピソードへの挑戦

本作は原作26巻に掲載された『しんのすけ★ひまわりのエスパー兄弟』を映画化している。こちらも10ページの短編であり、劇場版製作にあたって、大幅な脚色が必要となる企画であった。

ちなみにこのエピソードは2001年1月5日放送のスペシャル回でアニメ化されている。約30分の中編アニメで、既に完成形といえる出来になっていた。ここからさらに魅力的な作品を創り上げるためには、相当な仕掛けが必要になってくるだろうと、再見して感じたところである。

リアルを追求した結果

結果として、今回は3DCGと実写映画で知名度の高い監督を起用した。そして、リアル路線を追求した作品に仕上がった。ただ、どうもこのリアル路線が、悪い意味で「こんなしんちゃん、見たことない」と思わせる原因になってしまっているように思う。

まず、敵キャラクターが怖い。これまでの劇場版の敵キャラはビジュアルや、しんちゃんたちに立ちはだかる理由などにクセがあり、少なくとも大人か子どものいずれかには刺さるように考えられていた。しかし、今作の敵キャラ非理谷は漠然と抱かれているオタクのイメージを詰め込んだようなキャラクターで、観客の半径10mに生きている”人間”を感じさせる。非リアをモジったこのキャラクターはビジュアル面でも「オタクってこういう感じだよね」感が強い。

さらに終盤ではトンデモないビジュアルに変身し、子どもたちを恐怖させる。『クレヨンしんちゃん 伝説を呼ぶ 踊れ!アミーゴ!』(2006)、『クレヨンしんちゃん 爆睡!ユメミーワールド大突撃』(2016)など、ホラー路線をとった作品はあったが、3DCGになった途端、恐怖が倍増してしまった。(3DCGではないが、過ちを犯した作品に『ONE PIECE THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島』(2005)がある。)

一方、大人の私が恐怖したのは、悲観的な現代批評だ。ここ数年の劇場版の傾向として、現代社会への風刺は積極的に用いられている。前述した『映画クレヨンしんちゃん激突!ラクガキングダムとほぼ四人の勇者』では、責任転嫁する大人たちが描かれ、『映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園』(2021)では学歴社会を、「クレヨンしんちゃん」という受け皿を使って見事に風刺していた。

しかし、本作では、大人の観客に自省の機会を与えない。言い換えれば、一方的で説教臭い仕上がりになってしまっている。「この国には未来がない」と日本を転覆させようとするテロリスト、ヌスットラ・ダマス2世(劇場版オリジナル要素)が現れ、非理谷の力を悪用する。彼はコメディ風なオチがつけられたが、改心はしていなかった。

しんちゃんが非理谷の記憶世界に潜り込み、彼の孤独感や、恐怖をぬぐい去るシーケンスは体感で1時間くらいのしつこさを持っており、フラストレーションが溜まる時間になっていた。「この人にはこういう過去があって、今はこんな風になってしまっている」というはっきりとした理由付けは、人生を要約し過ぎているように感じて心地悪い。良い時も悪い時もある人生の悪い部分だけを切り取って生み出されたネガティブなキャラクターは、私にとって、苛立ちの対象になってしまった。

イエスタデイワンスモア

内容としては、褒められるものではないが、この企画を実現させたことには大きな意味があると私は思う。CGになったことで、若干マンネリ化しているグッズのアクセントになっているし、メタバースなどのニューメディアにも進出することが出来た。ド派手なアクションや、しんちゃんのほっぺのぷにぷに感など、良い意味で「こんなしんちゃん、見たことない」な部分もあった。

見方を変えれば、3DCGという真新しさが無ければ、「クレヨンしんちゃん」というコンテンツ自体の存続も危ういのかもしれない。初期のスペシャル回では、全編劇画調で描かれた『劇画クレヨンしんちゃん』、もしもコントのオムニバス『爆笑連発ギャグだゾ』など、自由で実験的な企画を放送していた。しかし、最近のアニメシリーズでは、過去作の再放送も多く、スペシャルでは劇場版の地上波放送が目立っている。作者が早くして亡くなってしまったことが悔やまれてならない。

過去のクレヨンしんちゃんを見るたびに、「あの頃はおバカだったな」と思う。最近の社会がそうさせているのか、「おバカ」要素は敵視されるかのように減っている。そういった意味では、本作はしんちゃんが社会に負けた初の作品になったかもしない。「おバカ」を無くして社会を糾弾する説得力を持たせるよりも、「おバカ」な要素を笑える器量を磨く事の方がよっぽど社会を前向きに生きる力になるのではないだろうか。

サンボマスターのEDテーマ『Future is Yours』は、この作品が伝えたかったメッセージを然るべき言葉で語りかける名曲だった。「君はいたほうがいいよ」のフレーズは消えたくなってしまっている人だけでなく、しんちゃんのようにその在り方を変えられようとしている存在にも当てはまる言葉なのではないかと、勝手に思っている。「あの頃のしんちゃんは良かった」と、イエスデイ・ワンス・モアな気持ちにはなりたくない。来年、2Dになったしんちゃんが「今のしんちゃんもおバカで最高!」と思わせてくれる作品になることを期待している。

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