“贖罪”に見せかけた洗脳
作品情報
『カード・カウンター』(イギリス、中国、アメリカ、スウェーデン/2021年/112分/原題:The Card Counter)
監督:ポール・シュレイダー
脚本:ポール・シュレイダー
出演:オスカー・アイザック、ウィレム・デフォー、タイ・シェリダン、ティファニー・ハディッシュ、エカテリーナ・ベイカー
3.3
あらすじ
8年半の刑務所暮らしでカード・カウンティングのスキルを身につけたウィリアム・テルは、出所後はギャンブラーとして生活していた。ある日、カジノで開かれていたセキュリティカンファレンスで、見知らぬ青年カークに声をかけられ、ウィリアム・テルのギャンブルの目的が変わることになる。
カークは尋問をしたことでおかしくなった父に虐待され、母も家を出てしまった。大学へ戻ろうにも借金がかさみ、カークはゴードを殺す以外の選択肢を選べずにいた。
テルは旧知のギャンブラー、ラ・リンダを介して、出資者を募り、カークと共に賞金稼ぎを始める。一方、罪の意識から目立たないように生きてきたテルは、カークのために賞金を稼ぐことで自分を許しはじめ、ラ・リンダとの距離を縮めていく。
確かなスキルを持っているが、目立たないように小さな勝ちを重ねるテルのやり方に待ちきれなくなったカークは、不満を漏らす。カークが凶行に及ばないよう、テルは借金返済とこれからの生活のために十分な金を用意し、母親のもとへ行くようカークを尋問する。
カークは母親のもとへ向かった。テルはラ・リンダに愛を伝え、ブラックジャックの世界大会決勝に挑む。順調に勝ち進むテルだったが、ブレイクタイム中にカークからゴードの家の写真が送られてきたことに気がつく。決勝を棄権したテルは、カークがゴードに射殺されたことを報道で知る。
ティリチはゴードの家に侵入し、自分やカークの父に罪をなすりつけたことを追求する。ティリチは、「言いがかりだ」と、反論するゴードに尋問勝負を挑む。テルはゴードを殺し、刑務所に入る。収監中のティリチのもとへ、ラ・リンダが面会にやってくる。2人はガラス越しに指を重ねるのだった。
おすすめポイント
『タクシードライバー』(1976)、『魂のゆくえ』(2017)で知られる脚本家、ポール・シュレイダーがマーティン・スコセッシとタッグを組み、製作されたギャンブル・ドラマ。”贖罪”をテーマにギャンブラーの男が罪との向き合い方を模索していく。重苦しい雰囲気とは対照的に、登場人物がイイやつばかり。アンバランスさが魅力の作品。
感想
日陰者の人生
一度罪を犯した者は、残りの一生をどのように過ごせばよいのか。ティリチは自分の犯した罪(おそらく、過度な尋問の結果、命を奪っている)への後ろめたさからか、目立たず、孤独にカードギャンブルだけをひたすら繰り返す毎日を送っている。
何か悪いことをしたら、別の良いことをして償う。被害者からしてみれば筋の通らない話だ。しかし、既に起きてしまった悲劇を無くすことは出来ない。感情的に切り分けるのは難しいが、何か良い行いをしたいという気持ちは捨てさせてはいけない。
ティリチにとって、カークとの出会いは実は心の底で願っていた贖罪のチャンスだったのかもしれない。贖罪を果たす対象はこの世に居ないのだから、カークの敵討ちを止めて、幸せな方向へ導くことが、ティリチの使命になる。日陰者の人生を選んだティリチにも再起のチャンスが与えられるハッピーな展開だ。(雰囲気は極めてシリアスではあるが…)
金で心を買う世界
カークを救うための物語は次第にティリチが過去の自分と向き合う循環構造に変わっていく。カークが復讐に燃えるほど、ティリチはそれを止めるために過去の凶器が蘇ってくる。あくまで冷静に尋問をするティリチだが、その密かな狂気を纏った雰囲気とは対照的に、これから生きるために必要な金を渡そうとする。
借金も無くなり、大学にも復学し、母と再び暮らすことが出来る。それだけの金を目の前に出され、復讐をやめろと言われれば、「ありがとう」と号泣し、丸く収まる。とティリチは思ったのだろう。私もそう思いながら、カークの反応を待っていた。
予想通り、カークは復讐をやめ、母に会いに行くことになる。これでティリチとラ・リンダがくっついて、ハッピーエンドかと思ったが、さすがはポール・シュレイダー、そんなに甘くはなかった。カークは復讐に向かい、返り討ちに遭う。復讐は身を結ばなかったのだ。そして、ティリチの狂気が爆発し、また元の彼に戻ってしまう。
重要だと思うのは、復讐心も一つの感情ということだ。「金で愛を買う」というのは倫理的に褒められたものではないが、「復讐心を金で買う」のは何故かアリだと思ってしまう。憎しみの種は増やさずに済むし、金で幸せになれるなら何も問題ないだろうと自然と思ってしまう。
だが、よく考えると、どちらも「金で心を買っている」。尋問では使われないだろうが、ある種の”洗脳”という意味では共通しているように思った。この暴力的だが、合理的なやり方が、今の社会を支配しつつあるということこそが、この作品の裏テーマなのだ。
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