『フラッシュ・ゴードン』ラウレンティス印のナンセンスコメディSF

ラウレンティス印のナンセンスコメディSF

作品情報

『フラッシュ・ゴードン』(アメリカ/1980年/111分/原題:FLASH GORDON)

監督:マイク・ホッジス
脚本:ロレンツォ・センプル・Jr
出演:サム・ジョーンズ、マックス・フォン・シドー、メロディ・アンダーソン、オルネラ・ムーティ、ティモシー・ダルトン、スーザン・ダニエル、マリアンジェラ・メラート、トポル、ブライアン・ブレッスド、ロビー・コルトレーン

3.3

あらすじ

宇宙の支配者の支配者の暇つぶしにより、地球は天変地異に襲われていた。アメフトの選手フラッシュは飛行機での旅行中に、乱気流に巻き込まれる。天変地異により、太陽が消えたことで、何者かによる地球外からの攻撃を予感した科学者のザーコフは地球を救うため、ロケットで宇宙へ向かおうとする。乱気流の影響で墜落したフラッシュと、飛行機に同乗していた女性デイルとともに、3人で宇宙へ飛び出す。

漂流の末、不時着した惑星は宇宙を支配するミン皇帝が支配するモンゴ星だった。ミン皇帝は不思議な指輪の力を利用して、星に住んでいた国王たちを支配していた。反逆を企てる国王達であったが、ミン皇帝の力の前に、服従を強いられていた。フラッシュとザーコフはミン皇帝に捕らえられ、デイルは新しい妻として、ミン皇帝に迎えられる。
フラッシュはデイルの目の前で処刑されるが、ミン皇帝の娘オーラが手配した医師の工作によって一命をとりとめる。フラッシュはオーラとともに要塞を脱出し、反乱を呼びかけるために国王たちのもとへ向かう。一方、囚われていたザーコフは洗脳され、ミン皇帝に忠誠を誓うのだった。森の国アルボリアに到着したフラッシュとオーラは国王のバリンと交渉するも、オーラを愛していたバリンはフラッシュに嫉妬し、交渉は難航する。洗脳されたと思われたザーコフだったが、シェイクスピアやアインシュタインの方程式を頭の中で反芻することで、洗脳を防いでいた。ザーコフはデイルと合流し、鷹の男(ホークマン)の王バルタンのもとへ向かう。
フラッシュを殺さないとオーラに約束したバリンは、自ら死を請わせるため、沼の怪物の試練を与える。フラッシュは機転を利かせ、逃げ出すが、今度はホークマンに捕らえられてしまう。フラッシュはバルタンの城で、バリンと対決する。戦いはフラッシュの勝利に終わり、命を助けられたバリンはフラッシュと握手を交わし、””友””と認める。バリンを捕らえに帝国の幹部がやって来るが、フラッシュが返り討ちにし、反乱の狼煙が上がる。それを察したミンは、自分の名前を使って地球の統治を持ちかけるが、フラッシュは断る。ミンは報復としてフラッシュもろともバルタンの城を破壊する。辛くも逃げ出したフラッシュはバルタンに反乱を呼びかける。帝国の戦艦を誘き出したフラッシュはホークマンたちと共闘し、戦艦の強奪に成功する。一方、ザーコフとバリンは皇帝を裏切ったことで、拷問されていたオーラを助け出す。ミンとデイルの結婚式が開かれる大広間へ、奪取した戦艦で単独、突っ込むフラッシュ。バリンとザーコフが要塞を守るバリアを解除したことで、特攻は成功。戦艦の船首で身体を貫かれたミン皇帝は、死に際に自分の肉体を指輪に封印する。ミンの支配が終わり、バリンはモンゴ星の国王に、バルタンは将軍となった。地球の危機を救ったフラッシュはデイルと結ばれ、大団円を迎える。しかし、ミンが封印された指輪を何者かが拾い去るのだった。

おすすめポイント

良質なSFを好む人には向いていないとハッキリ言える。しかし、ちょっと変わったSF映画を観たいならベストチョイスと言えるだろう。名プロデューサー、ディノ・デ・ラウレンティスが温め続けた企画が紆余曲折の結果、なんとか形になったというだけで、一つの物語になる。

スタイリッシュとはかけ離れた内容ではあるものの、ヴィランのミン皇帝や、彼の側近や兵士たち、基地のセットなど、時代が回ってカッコよく見える(私だけかもしれない)。『スターウォーズ』のクオリティを目指して、なぜか生まれてしまった珍作SF爆誕!

感想

名プロデューサー肝入りの企画

本作プロデューサーのディノ・デ・ラウレンティスは過去にもSFコミックの映画化をプロデュースしている。フランスのSFコミックを原作とした『バーバレラ』(1968)は本作の12年前に公開され、セクシー×SFという異色ジャンルの組み合わせが売りの作品だった。ただ、クオリティよりも、物珍しさに目がいく、いわばカルト的な仕上がりになっていた。

ラウレンティスの映画魂に火をつけたのは、『スターウォーズ エピソード4/新たなる希望』(1977)だった。監督のジョージ・ルーカスは子どもの頃から見ていた『フラッシュ・ゴードン』を映画化したいと考えていたらしいが、ラルランティスが映画化権を取得していたことで、『スターウォーズ』シリーズを撮ることにしたそうだ。

カルトSF再び

先んじて公開された『スターウォーズ』に衝撃を受けたラウレンティスは、「スターウォーズ以上のものを!」と奮起して、『フラッシュ・ゴードン』を製作した。しかし、結果的に『バーバレラ』の再来を感じさせる出来になっている。OPの出来は素晴らしい。クイーンのブライアン・メイが作詞・作曲したテーマ曲はキャッチーで、暇つぶしの如く地球に天変地異をもたらす悪役の冷徹さと原作コミックをカットインさせるアニメーションを盛り上げる。

モンゴ星のデザインも意外と悪くない。それぞれの国民はテーマカラーごとにまとめられているし、ミン皇帝の要塞も赤と金で統一されている。しかし、フラッシュが皇帝の手下と戦って善戦するあたりから様子がおかしくなる。

生身の地球人だが、アメフトのボールを持つと強くなる設定はこの場限りで終わり、その後はシンプルにフラッシュが肉体的に強い設定で難所を潜り抜けていく。物語上、山場になるはずのシーンが山場になっていないのがエンタメとしては致命的だ。面白いのは、都合良く刺さらない剣山ステージでの戦いくらいだろう。(異国の国王との友情が芽生える重要なシーンだが、何故か笑える)

ナンセンスSFというジャンル

『スターウォーズ』シリーズは”スペースオペラ”と呼ばれ、宇宙×騎士道物語×メロドラマの要素が含まれている。『フラッシュ・ゴードン』も宇宙×メロドラマの要素は含まれているが、騎士道物語で語られる精神性がいまひとつ足りない。どちらかというと、弱気を助ける愛と友情のスーパーヒーローという印象だ。

今でこそ、マーベル、DCに代表されるヒーロームービーはエンタメの頂点に君臨する一大ジャンルとなった。しかし、CGやコスチュームの技術が低い時代のヒーロームービーはピチピチのコスチュームと安っぽいセットを組んで行われるチープなものだった。チープな映像と、ナンセンスなストーリーテリングがナンセンスSFというジャンルを支えている。

今では、この手の作品をやりたがるプロデューサーも監督も居なくなってしまったのだろう(当時も、「こんなもん出来るかぁ!」と一定数の批判はあったらしい)。正直、劇場まで観に行きたいかと言われるとそうではない。しかし、『テッド』(2012)で愛ある?イジりをされているところを見るに、たまにはこういった作品を見て、映画の歴史を感じるのも一興だと感じる。

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