小さな変化を楽しもう
作品情報
『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』(ベルギー、/1975年/198分/原題:JEANNE DIELMAN, 23 QUAI DU COMMERCE, 1080 BRUXELLES)
監督:シャンタル・アケルマン
脚本:シャンタル・アケルマン
出演:デルフィーヌ・セリッグ、ヤン・デコルテ、アンリ・ストルク、ジャック・ドニオル=ヴァルクローズ
3.8
あらすじ
夫を亡くし、息子と2人暮らしをするジャンヌは、規則正しい生活を送っていた。体目当ての男を相手にし、窓を開けて、風呂に入る。息子に晩御飯を作り、食後は息子と夜の散歩に出かけ、帰宅後は息子の話を聞く。朝起きて、ご飯を作り、ストーブをつけて、息子を送り出す。買い出しに出かけ、ご飯を作り、行きつけのカフェでお茶をして、ご近所さんの赤ちゃんを預かる。そして、また男の相手をする。
おすすめポイント
英国映画協会(BFI)が発行する映画誌「Sight and Sound」が選ぶ、「最も偉大な映画100」で1位に選出された作品。平凡で変わり映えのしない毎日を送り続ける主婦・ジャンヌについに訪れた”ある限界”を描いている。
感想
規則性を見出す気持ち良さ
3時間越えの長尺作品かつ、その時間の大半は主婦・ジャンヌが家事をこなす様子を描くことに費やされる。『アフターサン』(2022)を見て、「何か起こりそうだけど、何も起こらない」という手法に革新性を感じた。一方、本作の場合は、何か起こりそうな気配すらない。”あの瞬間”が訪れなければ、何日、何週間、何年でも続くであろう日常が繰り返し繰り返しひたすら描かれるはずだ。
“あの瞬間”に辿り着くまでにジャンヌの感情は大荒れだっただろう。しかし、その様子はほとんど見てとれない。正確にいえば、それを感じさせるほどの出来事は映されていない。じゃがいもを茹でるのに失敗しても、淡々とやり直す。自分の感情に蓋をして毎日を生きているジャンヌは、泣きも叫びもせず、機械のように動いている。
カメラはフィックスを保ちながら、その位置を変える。しかし、そこに映るのは相変わらず家事を続けるジャンヌだけだ。
小さな変化を楽しもう
日常を彩るはずの娯楽がないわけではない。ラジオもあるし、出先での会話もある。家では息子と話す時間もある。けれども、ジャンヌにしかわからない限界が突如やってくるのだ。
本作ではジャンヌが売春客を殺した理由は明かされない。原因は売春なのか、変わらない毎日なのか、夫に先立たれた境遇なのか。きっと複合的な要素が山積みになって、爆発したのだろう。
私も毎日が同じように感じ、辛くなった経験がある。何年も前にどこかの作家がテレビで語っていたが、毎日規則正しい生活をすることで、日常の些細な変化に目を向けることが出来るらしい。辛くなった時はこの考え方を思い出して、昨日と少しでも違う部分を探してみる。そうすると、意外にも毎日は違っていることに確かに気がつく。
本作が製作されたのは1975年。女性は家事育児、男性は仕事、という考え方が支配的な時代だ。社会が押し付けた常識に苦しむ女性というメッセージは少なからず意図的に作品に込められているだろう。
時が経って、今の価値観でこの作品を見た私が思うのは、息子との会話やご近所さんとの会話を楽しもうとすれば、もしかしたら、あんなことは起こらなかったのではないかということだ。
毎日が同じだと考えれば考えるほど、日常にあるはずの小さな変化に目を向けられなくなる。負のルーティーンから抜け出すためには、日常を楽しむシンプルな考え方が大切だ。刺激的なコンテンツが溢れるこの時代だからこそ、小さな変化を楽しめるような人になりたいと思う。
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