『渚にて』第三次世界大戦後の余命僅かな人類を描く

第三次世界大戦後の余命僅かな人類を描く

作品情報

『渚にて』(アメリカ/1959年/135分/原題:ON THE BEACH)

監督:スタンリー・クレイマー
脚本:ジョン・パクストン、
出演:グレゴリー・ペック、エヴァ・ガードナー、フレッド・アステア、アンソニー・パーキンス、ドナ・アンダーソン、ジョン・テイト、ガイ・ドールマン、リチャード・メイクル、ジョン・メイロン、ローラ・ブルックス

3.9

あらすじ

1964年、第三次世界大戦後の北半球は放射能で汚染された。オーストラリアのメルボルンで暮らす米海軍大尉のピーターは妻メアリーとの間に子どもが産まれたばかりだったが、北半球の放射能測定の任に就くこととなった。

オーストラリア生まれのモイラは、新たに着任した艦長ドワイトを迎えに行く。2人はピーター家のパーティーに招かれる。科学者のジュリアンは放射能がオーストラリアにも迫っていることを主張し、雰囲気が一変する。一方、モイラとドワイフは距離を縮めるのだった。

放射能測定とサンフランシスコからの謎の信号を確認するため、ピーターは家族を、ドワイトはモイラを残し、原子力潜水艦で北極へ向かう。予想に反して、北極の放射能濃度は高く、人が住める環境ではなかった。
一行は謎の信号の正体を探るため、サンフランシスコに寄港する。懐かしの祖国は、その街並みだけを残して人影は見えなかった。故郷で死にたいと、1人艦を降りたスウェインを残し、一行は信号の発信源の工場に辿り着く。その正体はブラインドに吊るしたコカコーラの瓶による、不定期な信号だった。工場の水力発電機の電源を切り、サンフランシスコを後にする。一行はメルボルンに帰国したが、事態は悪化していた。メルボルンの北方に位置するブリスベンの海軍との連絡が途絶え、メルボルンでもついに被爆者が現れたのだ。「まだ時間はある」と希望を捨てない人々が集会を開く一方、街では自殺用の睡眠薬が配給されていた。死が間近に迫り、人々は思い思いの最後を過ごしていた。ジュリアンは自慢の愛車で人生初の自動車レースで優勝した後、愛車と共に自殺する。タワーズはモイラと最後の時間を過ごし、お互い、故郷で死を迎える選択をする。ピーターは鬱状態の妻メアリーと人生を振り返る。その後、メアリーは子どもをピーターに託し、睡眠薬を飲むことを決める。メルボルンの街から人影は消え、「兄弟たち、まだ時間はある」書かれた横断幕だけが、虚しく靡いていた。

おすすめポイント

1957年に出版された同名小説を映画化。第三次世界大戦後の世界に残った僅かな希望を切り取って描いている。束の間の希望のあとに残るのは、なんとも言えない虚しいラストで、1950年代を代表する反戦映画といえる。

第3回グラミー賞で映画・テレビサウンドトラック部門を受賞したアーネスト・ゴールドによるメインテーマも素晴らしい。

感想

核恐怖のはじまり

1950年代は核兵器の恐怖が世界中に広がった時代だった。1945年7月にロバート・オッペンハイマー率いるロスアラモス研究所が原子爆弾を開発し、1945年8月6日に広島、8月9日に長崎に投下された。1949年、ソ連が原子爆弾の開発に成功し、アメリカの原爆一強時代は終わった。そして、1950年代には、核兵器で牽制し合う世界が生まれた。

核の恐怖を淡々と描く

本作の舞台は第三次世界大戦後、放射能に汚染され、ほとんどの人間が死滅した世界だ。核の恐怖が表面化した時代において、希望を持たせるような余裕は無かったのだろう。本作は救いのないラストで終わっている。愛する人は死に、誰も居なくなった街だけが残る。チェルノブイリや、福島の原発事故が起きる以前から、放射能をコントロール出来なくなった結果どうなるのかはわかっていたし、映画として描かれていたのだ。

この後の世界に残る希望を摘み取っていくかのように物語は展開する。安全とされた北極圏も放射能に汚染され、生存者を予感させる信号は、その期待とは対称的なチープな仕掛けであった。核戦争が起きていない現実においても南極で放射能が検出されているくらいなので、放射能の汚染は甘く考えられるものではない。当然、生存者など期待出来ないだろう。しかし、平和な日本に暮らしている私は、どこかで生き残る道が示される希望のあるラストを期待してしまっていた。1950年代の世界はそんなに甘い夢を見られる状況ではなかったのだと痛感した。そして、今の世界も1950年代の延長上にあるということは理解しておくべきだろう。

戦争の根本原理

レイ・ブラッドベリの短編小説『戦争ごっこ』(1943)や、松本零士の『THE WORLD WAR3 地球 THE END』(1962)など、数々の作品で語られるように、戦争の根本原理は「やられる前にやれ。」だ。本作でも同様に、この原理が語られる。「どこかでだれかがレーダーに何かを見た。千分の一秒遅れたら自国の滅亡だと思い、ボタンを押す」第三次世界大戦を終わらせるきっかけとなる人間の心理をよく描いた台詞だが、ここまで踏み込んで核戦争について考えてる人がどれだけいるのか。今も核の恐怖は続いている。

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