2021年、第74回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した『TITANE/チタン』。劇場長編2作目にしてカンヌの最高賞を受賞したジュリア・デュクルノー。
人間の身体が不気味に変化していく表現は”ボディ・ホラー”という新たなジャンルを開拓したと評されている。一方、その恐怖描写の原因となる人間の欲求は非常に示唆に富んでいる。
今回は異例のスピードで映画界の注目を集めるジュリア・デュクルノーの作品の魅力を紹介する。
目次
【プロフィール】
ジュリア・デュクルノー(1983年11 月18 日-)
産婦人科医の母と皮膚科医の父のもとに生まれる。フランスの映画学校La femis(ラ・フェミス)で脚本を学び、2011年『Junior』を監督し、カンヌ国際映画祭の国際批評家週間にてPetit Rail d’Orを受賞する。2016年トリノフィルムラボのサポートを通じて、初長編映画『Raw 少女のめざめ』を監督。ロンドン映画祭でサザーランド賞を受賞するなど、各国で評価される。2021年、監督作『TITANE/チタン』で第74回カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞。
【フィルモグラフィー】
Junior (2011年)監督・脚本 短編映画
Mange (2012年)監督・脚本 テレビ映画
Ni le ciel ni la terre (2015年)脚本監修
RAW 〜少女のめざめ〜(2016年) 監督・脚本
Compte tes blessures (2016年)脚本監修
Corporate (2017年)脚本監修
サーヴァント ターナー家の子守(2021年) 監督 テレビシリーズ・2エピソード
TITANE/チタン(2021年) 監督・脚本
【監督のお気に入り作品】
【参照元動画】
【作品の印象】
最も影響を受けた監督はデヴィッド・クローネンバーグと語るだけあり、”気持ち悪さ”や”不快感”を伴う人間の突然変異を描いている。
こういった「認めがたい存在との共存」を描いた物語は『美女と野獣』(1740)、『フランケンシュタイン』(1818)など歴史が深く、『第9地区』『シン・ウルトラマン』などの地球外生命体との共存もこの流れを汲んでいる。その流れの中でジュリア・デュクルノーの作品が異質なのは、突然変異を起こした存在が人間として社会に溶け込もうとしていく点にある。
いずれの作品でも、主人公は”普通”の人間として生きている。家族も居て、コミュニケーションは取れて(いずれも内気な性格ではあるが)、学校や仕事をして日々を過ごしている。初めから人間社会から弾かれるモンスターではないので、周囲の人間もその変化に気づかず、ヒトコワ的な恐怖が立ち上がり始める。ただ、物語が進むにつれて、自分が異常な変化を起こしていることに自覚はあるが、それをどうすることも出来ない主人公のもどかしさや辛さが恐怖を上回ってくる。誰しも自分のコンプレックスや弱みを出来ることなら他人に悟られずに生きていきたいものだが、それを隠すことが出来ないのだ。そうして周囲から”異常者”のレッテルを貼られ、拠り所が無くなった主人公たちは社会から逃げることを考え始めていく。
しかし、絶望の中にも希望はある。必ず手を差し伸べてくれる誰かが居るのは救いになっている。『JUNIOR』では、仲の悪かった女子たちが間接的にではあるが、異常ではないことに気づかせてくれる。『RAW 少女のめざめ』『TITANE/チタン』では、父という頼れる存在が受け入れてくれる。
99人が異常と言っている人間を受け止めるたった1人の人間を見ていると、安易に異常と切り捨てて思考停止してしまうことの方がよっぽどホラーだ。同じ人間という前提に立って、どこまで相手のことを考えられるのか、自分の器量を試される。
【配信情報】
U-NEXTにて配信中(一部作品を除く)
※本ページの情報は2022年10月時点のものです。最新の配信状況はU-NEXTサイトにてご確認ください。
『JUNIOR』(ジュリア・デュクルノー/フランス/2011年/21分)
大人になる不安を乗り越える
中学生のジュリアンは女子なのに男子グループと連んでいるとクラスメイトの女子に妬まれている。ある日、ストレス性胃腸炎になってしまう。さらにその日から身体の皮が剥けるようになってしまった。脱皮が進み、成長したジュリアンは大人っぽい見た目になっていた。仲良しの男子もジュリアンから以前のような不機嫌さが無くなったことを不思議がっている。しかし、戸惑いながらも彼女の変化を受け入れ、いつも通りに過ごすのだった。
【感想】
ジュリア・デュクルノーの初監督作品。『RAW』『TITANE』と続いていく、デュクルノーの特徴とされる”ボディホラー”ムービー
『RAW』でも主役を演じるギャランス・マリリエが思春期の女子中学生を演じる。今作における人体変質は「脱皮」だ。クラスメイトの女子も脱皮し始め、剥けた皮を大事に保管したりしているらしい。これを聞いて、ジュリアンは自分だけがおかしくなったわけではないと気づく。脱皮が大人になる変化の過程を描いたメタファーになっていると言える。
それにしても、ヌメヌメの量と皮膚の剥け具合がホラー過ぎるし、ぼやけた鏡に映るジュリアンは半分モンスターにも見えた。男の自分にはわからないけど、女性としては自分が大人になることがあんなに気持ち悪いことなのだろうか。
いつも一緒に居た男子たちが急に大人っぽくなったジュリアンを見て、男女の意識が芽生え始めるシーンは見ていてドキドキするはずだが、とてもフラットな印象を受けた。劇的な変化を感じた男子とこれまでと同じように連んでいたい女子の温度差からなのだろうか。
仲良しの男子からもキスをされるけど、結局はいつものように戯れあっているのが一番楽しそうに見えて、芯にある友情関係の大切さを感じさせた。
【CAST&STAFF】
監督:ジュリア・デュクルノー出演:ギャランス・マリリエ撮影:クラウディーヌ・ナトキン
【注意描写】
なし
『RAW 少女のめざめ』(ジュリア・デュクルノー/フランス・ベルギー/2016年/98分)
“自分の人権”と”他者の人権”のジレンマ
【あらすじ(ネタバレ含む)】
ベジタリアンのジュスティーヌは両親も通った獣医学校に通う。恒例となっている新入生への洗礼式ではウサギの腎臓を食べることが通過儀礼とされていた。肉は食べられないと戸惑うジュスティーヌだったが、姉のアレックスから勧められ強引に食べさせられてしまう。それから彼女の中の何かが目覚め、肉に対しての執着が生まれだす。
おとなしい性格のジュスティーヌとは対称的に、姉のアレックスはやんちゃな生き方をしていた。アレックスはジュスティーヌのためにブラジリアンワックスで陰毛を除毛する。ジュスティーヌは除毛の激痛でもがき、その反動でアレックスは中指を切断してしまう。慌てて救急車を呼ぶ一方、ジュスティーヌは切断された中指への食欲が我慢出来ず、口にしてしまう。アレックスは妹がカニバリストだと知ったが、指は愛犬のクイックが食べたと証言し、この一件は片づけられた。治療後、姉は妹を連れ、人気のない道へ向かう。通りすがりの車の交通事故を誘発させたアレックスは死んだ運転手の脳みそを食べる。アレックスもカニバリストで、この方法で人肉を調達していたことが明らかになった。
この一件が引き金となり、人肉への欲求が抑えられなくなったジュスティーヌはペンキぶっかけパーティーで近づいてきた男の口を食ってしまう。ジュスティーヌはカニバリズムの悩みをゲイのルームメイト、アドリアンに打ち明ける。ジュスティーヌが異常者ではないことを確かめるため、二人はSEXをする。ジュスティーヌは食欲に抗うように、自分の腕に食らいつく。2人の間に恋愛関係は成立せず、ジュスティーヌはアドリアンから冷たくされることに傷ついてしまう。その反動からか、彼女はパーティーで酔いつぶれてしまう。後日、周囲の人間がなぜか自分を避けるようになっている。アドリアンはパーティーで人肉を食べようともがくジュスティーヌの動画が拡散されていることを知らせる。その動画には死体の腕を食わせようとしているアレックスの姿が映っていた。
復讐のため、ジュスティーヌはアレックスの肉を食おうとするが、逆に頬を食われてしまう。壮絶な喧嘩の後、アレックスはジュスティーヌの頬を手当する。洗礼期間終了を告げるエアーホーンが鳴り響く朝。ジュスティーヌは隣で眠るアドリアンを見つめる。彼の身体に触れ、足に手を伸ばすと彼の足が食われていること、そして彼が既に息絶えていることに気がつく。同じ部屋には口から血がしたたるアレックスがいた。。。家族で刑務所の面会に出向いた後、父はジュスティーヌに、解決法を見つけられなかった後悔を語る。そして、自分自身も妻に食われていたことを告白し、ジュスティーヌにはこの問題の解決法を見つけ出してほしいと告げるのだった。
【感想】
大学デビュー×カニバリズムという異色のジャンルを組み合わせた本作はただのスプラッタームービーの類ではない。
これまでのカニバリズムを扱った作品との違いは、主人公のジュスティーヌをドラキュラなどの怪物として描くのではなく、1人の人間として描いている点にある。彼女は新しい環境に馴染むことに悩み、無理に適応しようとした結果として、カニバリズムに目覚めてしまう。ベジタリアンとして生きていた彼女をカニバリストに変えてしまったのは周囲の影響だった。姉は刑務所に入り、大切な友人も失うことになってしまった。普通に生きていただけなのに、カニバリストとして糾弾される彼女は被害者でもある。
人間性の欠如をどの基準でジャッジするのか。彼女が抱える問題をどう解決していくのか。ショッキングで挑発的な物語を通して、観客に投げかけている。
人肉食の母親も父親のおかげで社会に溶け込んでおり、ベジタリアンとして生きることで自分の欲望を抑えている。この生き方は解決策のひとつにはなるが、自己犠牲が伴い、人権は無いようなものだ。『グリーン・インフェルノ』(イーライ・ロス/アメリカ/2013年/100分)のように、人肉食が許されるコミュニティを作って生きていく選択もあるが、この作品のラストはより巨大な力(現代の兵器)に排除される形でカニバリストたちは死んでしまった。これらの人権に関するジレンマを解決する方法はあるのだろうか。幸福を追求する権利が脅かされ過ぎて、感覚がマヒしてしまっている社会において、一度立ち止まって考えるべき問題かもしれない。
【CAST&STAFF】
監督:ジュリア・デュクルノー
製作:ジャン・デ・フォレ ジュリー・ガイエ ナディア・トリンチェフ ジャン=イブ・ルバン カッサンドル・ワルノー
脚本:ジュリア・デュクルノー
出演:ガランス・マリリエール、エラ・ルンプフ、ラバ・ナイト・ウフェラ
撮影:ルーベン・インペンス
美術:ローリー・コールソン
衣装:エリーズ・アンション
編集:ジャン=クリストフ・ブージィ
音楽:ジム・ウィリアムズ
【注意描写】
殺人、死体(動物、人間) 、内臓、出血、SEX
『TITANE/チタン』(ジュリアン・デュクルノー/フランス、ベルギー/2021年/108分)
母と父からの無償の愛を狂った世界観で描く
【あらすじ(ネタバレ含む)】
幼少期に交通事故に遭い、頭蓋骨にチタンプレートを埋められた女性アレクシア。モーターショーのコンパニオンとして働く彼女は、しつこく言い寄って来るファンを衝動的に殺してしまう。証拠を消すため、シャワーを浴びていると、何かに導かれる。彼女は車に導かれていた。そして車との激しい”行為”に及ぶ。後日、彼女は性器から不気味な黒い液体が出ていることに気が付く。信じられないことに彼女は妊娠していたのだ。その後、彼女は衝動的にコンパニオンの知人とその友人を皆殺しにする。警察から逃げる途中、長年、行方不明の少年アドリアンの存在を知る。アレクシアは髪を切り、鼻を折り、アドリアンの容姿に近づける。消防士のヴィンセントは行方不明の息子だと名乗る彼女を見て、息子として引き受けることに決める。
ヴィンセントは一言も口をきかないアレクシアを自分の部下に紹介し、彼女の居場所を作る。アレクシアはそんなヴィンセントをも殺そうとするが、力で勝るヴィンセントを殺すことが出来なかった。家を出ることを許され、逃げ出すアレクシアだったが、乗り込んだバスでは見知らぬ男たちが性暴力を匂わせる発言をしており、家に帰ることにする。ドラッグの影響で、倒れているヴィンセントを見つけるが、彼女は彼を殺さなかった。アレクシアは共に暮らし、共に働く中で自分を息子として扱うヴィンセントに抵抗することが出来なくなっていた。
ある日、ヴィンセントはアドリアンの母を連れてくる。彼女はアレクシアが息子ではないとわかっているので、相手にせず、ヴィンセントの世話を任せる。さらしを巻いて女性であることを隠そうとしているアレクシアを見つけたヴィンセントは、「お前が誰であろうと俺の息子」だと告げる。ついに、出産のときを迎え、ヴィンセントに子どもを取り上げてもらうが、アレクシアは絶命する。生まれた子どもは背骨や頭蓋骨が金属で出来ていた。それでもヴィンセントは赤ん坊を抱きかかえながら「俺がついている」と告げるのだった。
【感想】
2021年のカンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞作品。
初監督作の『JUNIOR』から続く、身体の劇的な変化に戸惑う女性を描いた監督作の中でも、最も衝動的かつ暴力的な作品に仕上がっている。
どういうわけか車とのSEX?により妊娠してしまったアレクシアは異常なスピードで妊娠し、オイルのような黒い液体が身体から出るようになってしまう。彼女は何故妊娠し、半金属の子どもを産んだのか。『ローズマリーの赤ちゃん』(ロマン・ポランスキー/アメリカ/1968年/136分)はこの疑問を考えるうえで、ヒントになる。この作品でロマン・ポランスキーは悪魔の子どもを産む女性を描いた。ローズマリー役のミア・ファローがどんどんと痩せていく姿が恐ろしさを煽る作品だった。
デュクルノー自身が”私の世界”と語るように、これは監督にとっての”妊娠”を描いているのかもしれない。『JUNIOR』では主人公が大人の身体になっていく様を”脱皮”によって表現していた。
今作では膨らんだ腹に無理矢理さらしを巻いて苦しむ姿や、ガリガリと腹を掻く音が不快さを煽り、見ている内にこちらの精神がズリズリと擦り減ってくる。妊娠を誤魔化してまで男性社会に溶け込み、働き続けなければいけない状況からアレクシアは逃れられない。体は傷だらけでやせ細り、腹は裂け、挙句の果てに死産になってしまう。観るのを止めたくなるほど辟易してしまうが、現実に女性は出産まで未知の生命体をお腹に宿さなければならない。そう考えると、最後まで目をそらすわけにはいかず、どっしり構えて出産を支えるヴィンセントのような男でありたいと思わせるようなラストになっている。
こういった父親像に関していえば、前作『RAW』 は妻に身体を食われていることを、父が娘にカミングアウトする衝撃的なラストだった。『TITANE/チタン』では、こういった自己犠牲的な父親像を意識的に扱っているように感じる。
自分が起こした交通事故(この描写はリアルで見事)が原因で娘の頭にチタンが入ることになり、手術中の娘とは目を合わせていられないような状況だった。そうして実の父と娘の距離は離れてしまった。この埋まらない溝を抱え続けるアレクシアは見ず知らずの消防士の息子だと名乗る賭けに出て、見事に成功する。初めは警察から逃げられればいいという利己的な気持ちだったが、強く優しい父親からの無償の愛に触れるうちにアレクシアは心地よさを感じていく。
お腹を痛めて産んでいる分、母親の方が愛情が深いように考えてしまうが、「父親の愛だって子どもを支えているよ」と言われているようで、嬉しい。だからこそ、「夫婦(本作では父娘)で支えあって子どもを育てていこうよ!」という前向きなメッセージとも捉えられる。
しかしながら、僕が受け取ったメッセージと表現手法がかけ離れているので、鑑賞の際はある程度覚悟が必要だと念押ししておきたい。
【CAST&STAFF】
監督:ジュリア・デュクルノー
脚本:ジュリア・デュクルノー
製作:ジャン=クリストフ・レイモンド
出演:ヴァンサン・ランドン、アガト・ルセル、ギャランス・マリリエ、ライス・サラーマ
音楽:ジム・ウィリアムズ
撮影:ルーベン・インペンス
編集:ジャン=クリストフ・ブージィ
【注意描写】
裸体(女性)、殺人、死体(人間) 、出血、SEX、死産、性器
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