2023年7月15日(土)から開催されたSKIPシティ国際Dシネマ映画祭2023
“新たな才能を発掘し、育てる映画祭へ”をコンセプトとした同映画祭の短編部門入選作品をレビューする。
目次
【総評】
SFやファンタジーの要素を取り入れた挑戦的な設定の作品が多いのは短編ならではの特徴だろう。アンドロイドとの絆を描いた『恵子さんと私』は細かな演出が光っていた。一方で、『野ざらされる人生へ』では演出よりも、演技の熱量で持っていく力が感じられた。『さまよえ記憶』と『勝手に死ぬな』では、いずれも家族の死をどう受け入れるかというテーマを独自の設定で描く試みが為されていた。一際印象に残ったのは、生と死の狭間を彷徨う『寓』。この作品はレトロな舞台設定と水を活かしたホラーな雰囲気で、独自の世界観を形作っていた。
奇抜な設定は無くとも、良質な人間ドラマを堪能出来る。『猟果』では、山と夫婦という最低限の要素の中で、夫婦の関係性の変化を巧みに描いていた。
作り手の努力が最も感じられたのが、『A nu / ア・ニュ ありのままに』だ。荒削りだが、映像面の制作を1人で担当して完成まで持っていくには並外れた創作意欲と根気が必要だっただろう。
最後に、『ミミック』という作品だが、個人的に、評価することが出来ない。一つの見方として、差別的な意図が感じ取られてしまったためである。私は映画祭というのは、多くの作品の中から選りすぐりの、観客に届けたい作品が上映される場であると考えている。その場に適した作品なのか、私には疑問であった。
【各作品短評】※一部ネタバレあり
『恵子さんと私』
2023年 / 日本 / 23分
監督:山本裕里子
出演:漆畑みなみ、みやべほの、上村愛香、稲葉祐子
人型AIは捨てがたい
あらすじ
感染症が広がり、人との接触を避けるために人型AIが普及した世界。家事手伝いとして働く人型AI恵子さん。母は娘の反対をよそに、古くなり、ミスが目立つようになった恵子さんを交換してしまう。
感想
アクリル板を使ったモニター表現や、恵子さんの劣化(感情表現も含んでいる?)を表現した小刻みな振動など、細かい演出が効いている。ほとんどのシーンが部屋の中で進むワンシチュエーションものなので、こういった細かな試行錯誤で作品のクオリティを上げようとする努力が感じられる。
恵子さんが絶妙に機械っぽく、同一性についての授業は思わず、「うん、そうだね。野暮なこと考えてごめんね」と折れてしまいそうになった。最後はノーマスクで外に出ているので、母親との仲直りと共に、感染症も終息したのかもしれない。
『A nu / ア・ニュ ありのままに』
2023年 / 日本 / 18分
監督:古賀啓靖
声の出演:吉田一晴、千振真生子、渡辺裕太、寺田知優、北川佳歩、望月里彩、柴垣早映子
発展途上の才能に努力賞をあげたい!
あらすじ
バレンタインのお返しを出来なかった幼馴染が東京に引っ越すことになった。なんとかその日のうちに手作りのカップケーキを作り、彼女に届け、想いを伝える。
感想
Blenderの出来る範囲がこんなに広がったとは驚き。声優以外をほぼ1人でこなしているので、今後長く作り続けていくためには役割分担が必要になるだろう。髪や歩き方など荒い部分はあるが、1人で1本の映像世界を作り出すのには相当な苦労があったと思う。
『ミミック』
2023年 / 日本 / 28分
監督:高濱章裕
出演:沖田裕樹、大塚治、トム キラン、ほりかわひろき、原恭士郎、村松和輝、今野かすみ、篠原寛作
ホームレスを描いた問題作
あらすじ
宝くじで高額当選したことをきっかけにホームレスからの脱却を狙う男。しかし、金だけあっても、職は得られない現実に直面する。
感想
ミミック=擬態というタイトルは物語と照らし合わせると、お金というツールを手に入れたホームレスが社会に擬態する、というように取れてしまった。望んでホームレスをやっている人も存在するのかもしれないが、彼らは社会に擬態するような存在なのだろうか。そもそも同じ社会で生きている人を、無意識に違う社会で生きる人間として描いてしまっているのではないだろうか。
『さまよえ記憶』
2023年 / 日本 / 25分
監督:野口雄大
出演:永夏子、モロ師岡、野口聡太、竹原芳子
自分勝手ではいられない
あらすじ
川遊び中に息子を亡くした母は、記憶と引き換えに知りたい情報を得られる情報屋に出会う。得られる情報の大きさに見合った記憶として、父の記憶を差し出すことに悩む。
感想
等価交換の原則を”記憶”と”情報”に当てはめた、アイデアが光る作品。父娘、母子の記憶はどちらも犠牲にしがたい。記憶を失えば、忘れたことさえ、覚えていないことになるので、自分勝手になれば、ためらいなく記憶を差し出してしまうだろう。しかし、覚えている誰かが、判断を揺るがせてしまう。良くも悪くも家族は繋がっているのだ。
『猟果』
2023年 / 日本 / 30分
監督:池本陽海
出演:髙野春樹、田中佐季
時代遅れの男尊女卑に喝!
あらすじ
猟師の夫と一緒に山に来た妻。夫は妻を見下し、レズビアンの娘を病気だと言う。妻に写真を撮らせようとして、滑落し負傷する。
感想
短い物語の中に、ジェンダー観を問いかける会話が多分に含まれている。少し説教くさいところはあるが、作り手の考えは伝わってくる内容だ。
山という舞台一つで夫婦の立場が逆転するよう巧みに展開される会話劇と、夫の小さな変化が感じられるヨガが見どころ。
『寓』
2022年 / 日本 / 31分
監督:石原理衣、小野川浩幸
出演:石原理衣、木原勝利、清家はなえ
走馬燈を描いた奇妙な映像体験
あらすじ
死んだ姉に招かれ、謎の世界を旅する弟。姉は障がいを持った娘を模した人形と共に暮らしていた。
感想
不思議な映像体験だった。一昔前に『たまつきの夢』という作品を見たが、その作品に似たレトロな雰囲気が感じられた。シーンはどんどんと移り変わり、不気味さと寂しさが得も言われぬ印象を与えた。
『勝手に死ぬな』
2023年 / 日本 / 25分
監督:天野大地
出演:金田誠一郎、田中陸、永田佑衣、竹下かおり、村上航、横山美智代
“ダサい”父親が、良い
あらすじ
父を事故死で失った母、娘、息子。死んでから4時間まで、故人の記憶に入ることが出来るサービスで幼少期から父の記憶を遡る。
感想
最後まで家族にヘコヘコしているお父さんのキャラクターが好きだった。裏表がなく、優しいと言われることもあれば、頼りないとか、好き勝手に言われ放題の人生だったのではないかと思う。
威厳の無い父親が少しカッコよく見える瞬間があっても良かったとは思うが、去り際までへらへらしている姿が逆に本物らしさを感じるポイントになっていた。部分的に見習いたい父親像であった。
『野ざらされる人生へ』
2023年 / 日本 / 40分
監督:永里健太朗
出演:白土りょうすけ、ジョニー高山、藤岡範子、CHIHIRO、濵田瞳、永里健太朗
遠巻きに見たい魂の叫び
あらすじ
SNSで他人の悪口ばかり呟いている男。ある日、中の中くらいのイケオジに変身した男は街にナンパに出かける。失敗続きなうえ、恋愛についての説教までされてしまう。男が黄昏ていると、昔の自分の顔をした男が歩いているのを見かける。
感想
恋がしたくてしょうがないのに、諦めていた自分に喝を入れる男の物語。劇中、男が言っているように話が複雑で、理解出来ない部分が多い。人生は都合良くいかないのはわかるのだが、観客のために、物語はわかるようにした方が良かっただろう。
約5分間、1人で自分が望む自分を語り続けるシーンには、狂気を感じた。もし、自分が川辺で同じことをしている人を見かけたら、見て見ぬふりをして去ってしまうだろう。
【受賞結果】
優秀作品賞[短編部門]
『猟果』監督:池本陽海
観客賞[短編部門]
『勝手に死ぬな』監督:天野大地
スペシャル・メンション[短編部門]
『ミミック』監督:高濱章裕
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