『キャストアウェイ』無人島映画の最高傑作

『キャストアウェイ』

仕事一筋の男が無人島で悟った”生きる理由”とは

作品情報

『キャスト・アウェイ』(アメリカ/2000年/144分)

監督:ロバート・ゼメキス
脚本:ウィリアム・ブロイルズ・ジュニア
製作:スティーヴ・スターキー、トム・ハンクス、ロバート・ゼメキス、ジャック・ラプケ
音楽:アラン・シルヴェストリ

撮影:ドン・バージェス
編集:アーサー・シュミット
製作会社:ドリームワークス、20世紀フォックス、イメージムーバーズ

あらすじ

物流業界最大手のFedEx(フェデックス)で働くチャック。恋人のケリーをメンフィスに残し、出張に向かう途中、貨物の爆発により、飛行機は墜落してしまう。無人島に漂着したチャックは、たった1人のサバイバルを始める。

登場人物

チャック(トム・ハンクス)・・・FedExで物流管理を担う。仕事にストイックで、トラックが壊れた際、子どもの自転車を借りて配達した逸話を持つ。

ケリー(ヘレン・ハント)・・・チャックの恋人。多忙で一緒に過ごす時間が少ないチャックの帰りを待つ。

ウィルソン・・・孤独な無人島生活を乗り切るため、チャックが作り出したボールのキャラクター。チャックの考えに意見しがち。

おすすめポイント

最もワイルドなトム・ハンクス

あらゆる役柄を見事に演じる名優トム・ハンクスが、キャリア史上最もワイルドな姿を披露していることが本作の魅力のひとつ。まともな物資がない状況でも、知恵と根気で乗り切る姿を見ていると、いつの間にか、彼を応援している自分に気づくだろう。中でも、血まみれになりながら火を起こした時の達成感と自己陶酔気味な興奮シーンは必見。

生きる活力が湧く

無人島でのサバイバル生活は主人公・チャックの人生観を一変させた。彼のような無人島生活を経験した観客は極わずかだとは思うが、彼が感じたことの一片でも感じることが出来れば、明日の自分が変わるだろう。そんな気持ちにさせるのは、絶望的な状況においても、何かに突き動かされるように生き続ける彼の姿だ。

感想(ネタバレあり)

チャックは何故、4年間死なずに生きられたのか。

この問いを考えると、何故私たちが日々生きているのかが、ほんの少しわかってくる。

時間に追われる現代のビジネスマン

映画の冒頭、翼のオブジェを作るピーターソンという女性のもとにFedExの配達員がやって来る。翼の描かれた配達物は遠くロシアに暮らす夫のところに送られる。その夫は愛人と暮らしている。非常にあっさりと描かれているシーケンスだが、別々の場所で生活する送り主と受取人の間にある”すれ違い”が想起される。そして、配送所で時間について熱弁するチャックへと場面が展開していく。

FedExは実在する世界トップの運送会社であり、そこで働くチャックは”ビジネスマンとしての成功”を追い求める人物として描かれている。なるべく短い時間で荷物を届けることが彼の仕事であり、”Time is Money”の世界で時間に追われて生きているのだ。その結果として、クリスマスは恋人のケリーと過ごさず、仕事に行く選択をしてしまう。皮肉にも、後の悲劇を自ら招いた形になっている。

人生観の変化

暴風雨で不気味にうごめく荒波に漂う頼りないゴムボートは、暗い森で埋め尽くされた無人島に漂着する。翌朝、チャックは島の探索を始め、遠く広がる海を見つめる。このショット内で、崖に生える木がさりげなく映し出されているが、後にこれが重要な意味を持ってくる。

ただ、待っているだけでは死んでしまう。生きるためには何かを食べなければならず、島の探索は生きるための何かを見つけるための活動であり、”探索=生きること”を意味している。生きるために探索を続けるチャックだったが、一緒の飛行機に乗っていたクルーの水死体を見つけてしまう。

その死体は墜落時に助けてくれた命の恩人だったが、チャックは彼の名前を間違えていたことに気づく。おそらく、チャックは仕事柄色々な人に出会うので、名前を覚えるのも一苦労だったのではないだろうか。

話が逸れるが、バートランド・ラッセルは著書『幸福論』(1930)の中で、金銭的成功のみが重要だと考え、金銭的価値のない教育を望まないアメリカの少年たちについて述べている。ラッセルは大学を案内してくれた学生が、キャンパスに咲く花の名前を知らないことを嘆いていた。この一節を読んで、ハッとさせられたのだが、チャックも同じような考えに囚われているのではないかと思う。

多忙を極めると、優先順位の低いことには目をつぶるようになってしまう。しかし、そういった合理主義が大切な何かを失ってしまうことに繋がるということを私たちは見落としがちになっていると思う。

話を戻すと、チャックは非礼を詫びるかのように死んだ同僚アルバートの名前を墓に刻む。これによって、人間同士の繋がりを回復したチャックは、ケリーとの関係を考えるように彼女の写真を見つめる。劇中では延べられないが、ここでチャックの生きる目的が経済的成功から、ケリーと歩む人生に変わったのだと私は考えている。

親友ウィルソン

劇中、チャックを支えたバレーボールのイマジナリーフレンド、ウィルソン。バレーボールなので、もちろん台詞は無いのだが、チャックは彼と会話をすることで正気を保っていた。うがった見方をすれば、独り芝居を退屈にさせないための演出とも、マーケティング的な戦略とも考えられるが、いずれにしても、ウィルソンの役割は大きい。

4年の月日が流れた。ある日、帆になりそうな板きれが流れてくる。それはアメリカ西部のベイカーズフィールドから流れてきたもので、生還を予感させるものだった。チャックはウィルソンとともにいかだで沖に出る。荒波を乗り越え、クジラと出会い、チャックは眠りにつく。目覚めるとウィルソンは遠く流されており、チャックはいかだかウィルソンかの二択を迫られる。ここでウィルソンを選んでしまえば、チャックを待つのは死だっただろう。4年の孤独を埋めてくれた親友を失うことにはなったが、チャックは生きることを選んだのだ。

チャックが生きた理由

タンカーに拾われ、生還したチャックを待っていたのは4年の空白が生んだ悲しい現実だった。無人島で日々生きるので精いっぱいだったチャックにとって、贅沢なパーティーは必要なかった。一方で、一番必要だった最愛の人ケリーは、もはや自分の帰りを待ってはいなかった。

誰もがチャックは死んだ者だと思い、彼の居ない世界を生きていた。ケリーとチャックが互いに愛していると伝えても、4年前の関係に戻れるわけではなかった。正直に言えば、観客の立場からすると、ケリーのために生きた4年間が無駄に終わったように思ってしまった。だが、チャックは未来を見ていた。

3分ほどの独白シーンでチャックは「唯一、自分の意思で選べる道はいつどこでどうやって死ぬかだけだ。」と語っている。しかし、死ぬことすら失敗してしまった彼は自らの無力さを思い知った。そこで、彼は”何が何でも、生き延びよう。呼吸をし続けるのだ。”と生きることを決めたのだ。

現実の自分に置き換えると、メディアが発達し、自分よりも有能な人間がいくらでも見つかる世の中で、私たちは自分の無力さを日々痛感している。気まぐれに奮起したところで、思い通りにはいかず、また自信のない自分に戻ってしまう。そうして、疲弊して、生きることをサボり始めてしまう。だが、チャックはそれでも、生きようというのだ。

無人島で4年間生きることが出来たのは、「何も希望が無いとわかったうえで、何かが起こるかもしれない明日を生き続ける。」という理屈では語ることの出来ないもののおかげだった。それは死んだ同僚のアルバートや恋人のケリー、親友ウィルソンが居たからこそ辿り着いた境地なのだろう。

採点

総合評価82 

思考鍛錬度:14
社会的評価:16
経済的評価:16
独自性:14
普遍性:16
その他:墜落〜漂着までの絶望感3、トムハンクスの一人芝居3

 

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